こすずめ日記2
食事の記録を書くことからはじめました。 パソコンで書く・描く・教わる日々の覚書・・・
ジヴェルニーの食卓
ジヴェルニーの食卓原田 マハ:著 集英社文庫:発行

マティス、ドガ、セザンヌ、モネ、4人の画家を、
4人の女性の、それぞれの立場からえがく短編集。
小説ですからフィクションでしょうが、事実との混在加減がわからなくって、
まるで本当のことのように読んでしまいました。

当然のことながら、画家たちの作品が出てきます。
それって、どんな画なの?・・・と立ち止まって先へ進めませんでした。
各編に少しだけ貼っておくことにします。


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●〈うつくしい墓〉アンリ・マティス「マグノリアのある静物」

マティスがコート・ダジュールの「オテル・レジナ」に住んだ晩年を、
小間使いとして仕えていた当時のことを、マグノリアのマリアが語る。

3102427_2138954702_98large.jpg マティスの住まい:オテル・レジナ


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後に修道女となった看護婦のマリーの「礼拝堂を作りたい」という願いから作った、
ロザリオ礼拝堂のステンドグラスと薔薇窓




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●〈エトワール 〉メアリーカサットの画l「コルティエ婦人の肖像」

≪コルティエ婦人の肖像≫↑を見たドガが、
「私と同じ感性の画家」と言った女流画家メアリー・カサットを通してのドガ。

メアリー・カサット舟遊び Mary20Cassatt20-20青い肘掛け椅子の少女
メアリー・カサットの≪舟遊び≫と、≪青い肘掛椅子の少女≫

印象派の画風を共有した親しい二人でしたが、ある日、カサットはドガと距離を置く。
それは、奇妙に殺気立ったドガが14歳の幼いバレエダンサー:マリーを素裸にしてモデルに使う様子に、カサットが耐えられなかったからです。
当時は、貧しい家の家計のためにバレエを踊ったそうで、今のようなお嬢様の優雅な一面はなかったようです。

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ドガの≪14歳の小さな踊り子≫(ワックス製)には、本物のリボンやチュチュが。


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●〈タンギー爺さん〉結合
セザンヌの描いたタンギー爺さん

貧しい、才能ある画家たちに絵の具を欲しがるまま提供し、絵と引き換えに絵の具をくれるらしいと噂のたつタンギー親父の店。
その娘から、プロバンスに居るセザンヌへの手紙形式の物語。
画家たちや店やタンギー親父の近況などを書き連ねながら、代金支払いの請求をしています。

りんごの静物画 評価の別れた≪りんご≫

コッホを応援したタンギー親父ですが、最もお気に入りはセザンヌ。
この画家は誰にも似ていない。本当に特別です。
あと少し……もう少しなんです。リンゴひとつで、パリをあっと言わせる日がくるのは。
と、セザンヌの留守にしている部屋の鍵を預かって、人々に見せることもあった。



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●〈ジヴェルニーの食卓〉戸外の人物習作(右向きの日傘の女)

ジヴェルニーに移り住み、青空の下で庭の風景を描き続けたクロード・モネ。
その傍で、モネを支えた義理の娘:ブランシュ(↑の画のモデル)の物語。

赤い頭巾、モネ夫人の肖像(窓に立つカミーユ・モネ)
モネの最初の妻だった人。2児を残して早世しました。

ブランシュは、モネの2度目の妻となったアリスの娘です。

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  表題になっているジヴェルニーのモネの家と庭です。美しい花と美味しい料理…


アリスは、モネのパトロン:(破産した)銀行家エルネスト・オシュデの妻だった・・・
料理上手なアリスの食事は、モネに素晴らしい庭園を造らせることにもなった。

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白内障で視力と気力をなくしかかったモネを救った、手術とブランシュの存在で、
それが、モネの最後の大作:オランジュリーの睡蓮の大きな壁画の完成に至った。らしい。


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