こすずめ日記2
食事の記録を書くことからはじめました。 パソコンで書く・描く・教わる日々の覚書・・・
お家さん
昨日:9月1日は、関東大震災発生から90年の日だったそうです。
時代も違いますが、
まだ記憶に生々しい3:11の大地震と派生している大きな不幸・・・いつになったら平和な暮らしにもでれるのか・・・

この大地震が破たんの原因の一つになった、日本を代表する総合商社崩壊の話です。
これも、暑さに負けて起き上がれない8月の読書記録です。

今日の埼玉の竜巻・・・自然は本当に怖いです。





お家さん上下玉岡 かおる : 著
新 潮 社  : 発行

あまりの猛暑で、読みたい本を買いに出ル気力もなく。
興味の異なる夫の本を借りて読みました。

左右の視力差も気にならない・・・て、好きなことは出来る自分勝手さでしょうね。疲れ果てていても、本だけは読みたい!




明治・大正・昭和の神戸に、世界に進出した総合大商社「鈴木商店」があったそうです。

「お家さん」こと、鈴木よねは≪鈴木商店≫の女主人。
そのよねのゆったりとした神戸言葉で語る物語が、穏やかな気持ちにしてくれます。

砂糖を扱う問屋から始まって、樟脳、船、繊維、鉄、繊維、セメントや米など取扱わない商品はない程で、
台湾、ヨーロッパ、アメリカなどとの国際取引まで、頂点知らずの発展を続ける≪鈴木商店≫の
立ち上げから繁栄、倒産まで・・・大企業≪鈴木商店≫を身近に知ることができました。

鈴木よね刀自



「お家さん」=鈴木よね=の貫き通した家族的な社風と忠義の心を忘れない鈴木商店の社員と、その家族。
今の世の中にはまず通用しない組織の成り立ちかも知れませんが、それは、理想的な企業の姿に思われます。
主人公とその周りの女性の心情や感情の流れと心の機微に同感と納得、涙線が緩みました。

日露戦争・第一次世界大戦に次いでの米騒動では、米を買い占めているというデマみ踊らされた群衆による焼き討ち騒動。(
めげずに立ち直ったその5年後の大正12(1925)年9月1日、関東大震災が発生に続く昭和2年(1927年)3月の金融恐慌・・・

そんな最中、
銀行からの最後の要請は、
大番頭であり実質経営者でもあった金子直吉を外すこと。
それは出来ないと、「お家さん」と長男で社長の2代目岩太郎は断り事業倒産の道を選びました。
何と潔く、社員を守る心意気でしょう。凄い!


鈴木商店旧ミカドホテル


ところで、著者の玉岡かおるさん・・・
最近は見ないようですが、以前TVでコメンテーターをなさっていらした方。
何か軽い人のように誤解していました。

小説としてだけの魅力的な人物も登場させていらっしゃるのでしょうが、
日露戦争で命がけの戦いに満身創痍で帰った男:田川。
そして、「お家さん」の元で働く珠喜。この二人の存在は、とても素敵です。

着物や紋に対する心配り、桃をめぐる比喩など、美しく華やかさもありながら、
女性としての気持ちのあり方や自分を律する姿に感動しました。


)これについては、『城山 三郎著、鼠―鈴木商店焼打ち事件 (文春文庫)』が真相をしっかり調べて書いてあるそうです。
 鈴木よねさんのこと、こちらでとても詳しく書かれていました。 リンク


最後に、「BOOK」データベースからの文を貼って起きます。

大正から昭和の初め、鈴木商店は日本一の年商を上げ、ヨーロッパで一番名の知れた巨大商社だった。扱う品は砂糖や樟脳、繊維から鉄鋼、船舶にいたるまで、何もかも。その巨船の頂点に座したのは、ひとりの女子だった。妻でない、店員たちの将でもない。働く者たちの拠り所たる「家」を構えた商家の女主人のみに許される「お家さん」と呼ばれた鈴木よね。彼女がたびたび口にした「商売人がやらねばならない、ほんまの意味の文明開化」とは、まぼろしの商社・鈴木商店のトップとして生きた女が、その手で守ったものは…。激動の時代を描く感動の大河小説。



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