こすずめ日記2
食事の記録を書くことからはじめました。 パソコンで書く・描く・教わる日々の覚書・・・
花喰鳥
花食鳥上・下
高岡 智照尼 : 著  
かまくら春秋社 : 発行(1984年)
  ――京都祇王寺庵主自伝――


12歳で親に花街へ売られた少女、高岡たつ子は大阪で舞妓デビュー。
新橋の人気芸妓を経て39歳で得度、
智照尼としてさびれ切っていた荒寺=祇王寺(京都・嵯峨野)の庵主となり、現在の人気寺にしました。



   芸妓時代の辰子は、照葉時代が最も長く、
   その美貌と、男への義理立てに小指をつめたことで有名人になりました。
   絵葉書のモデルとしても人気を集め、瀬戸内寂聴の小説『女徳』のモデルでであることは、本の帯で知りました。




花喰鳥 照葉

これは、ポスターでしょうか?


   自慢話に、少し不快な気持ちを持ちながら、それでも最後まで読了したのは、
   私の、面白半分の覗き見的な卑しい好奇心からかも知れません。
   ちょっと恥ずかしい。。。

   

   幼い娘を花街に売るということ、いつの頃まであったのでしょう。
  
   今でもはっきり覚えていることがあります。


   
櫛・かんざし



こすずめですが、結婚当初東京に住んでいました。

元・芸者さんと養母さんのお二人暮らしの隣家には、
時々、≪旦那さん≫が来られました。
そう、お妾さんでした。

問わず語りに、その方が話して下さったことは
『この人に、16の時に芸者置屋に売られたの』…と、指先は養母さんに向けられていました。

理由も特に聞かなかったのですが、年齢的には夫と同じ位で、当時30過ぎだったと思います。
その養母さんは、一切の外出はなく日常の買い物もすべてその元・芸者さんがしていました。

          追記です。誤解されそうなので書き加えますと、
          義母さんは芯は強そうですが大人しく控えめな感じの人で、
          いつも、台所の流しの前の椅子に座って、丁寧に野菜の下ごしらえをなさっていました。
          料理は、全部作っていらっしゃって、育ての娘を置屋に売る行為とは、無縁な印象でした。
          今思うと、今のこすずめよりお若かったのに・・・と感無量です。


 

我が家の長女を溺愛して下さいましたが、
ウチが名古屋に転勤になるころ、又芸者さんに戻られて・・・

その後結婚されたのですが、故あって、今ではお付き合いがなくなっています。

当時30歳過ぎという事は、16歳ならと遡ってみますと、
昭和30年ころでも、身売りはあったのですね。







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この記事のコメント
こすずめさま
訪問及びコメントをありがとうございました。
大変嬉しかったです。

> 昭和30年ころでも、身売りはあったのですね

『売春防止法は昭和32年4月1日から施行され、
刑事処分については1年間の猶予期間ののち、
昭和33年4月1日から適用するものとされた。』
とあります。この法律が出来る以前は、
当たり前に行われていたという事でしょうか。

現在、自分の意思で舞妓さんになりたい女性はたくさんいるそうです。

旦那さまが付きますが、ステータスとしてのスポンサーなので、
水揚げはないと聞いています。が、裏事情はわかりません。
  1. 2013/10/01(Tue) 13:36:50
  2. URL
  3. 陽月 #
  4. [ 編集]
♡陽月 さん♡
こちらこそ、いらして下さってありがとうございます。
和服好き同志、仲良くして下さい。
そして、物知らず菜こすずめにいろいろ教えて下さい。

・・・そうなんですね、昭和30年ころは身売りの最後の時期だったのですね。
切ない話です。
  1. 2013/10/02(Wed) 09:49:08
  2. URL
  3. こすずめ #
  4. [ 編集]
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