こすずめ日記2
食事の記録を書くことからはじめました。 パソコンで書く・描く・教わる日々の覚書・・・
海の翼

海の翼
秋月 達郎  : 著
新人物文庫 : 発行

半田繋がり・・・
脇道ですが、アマゾンでこれは、確か80円。
寂野(昨日の記事の)は、1円でした。
それぞれ送料他が250円ほど必要で、それでも2冊で600円弱。
1円の本、心配でしたがなんと人が読んだ気配のない新古書。
流通の世界、不思議なことになっています。


感動 ( ;∀;)、何度も泣いてしまいました。



  イラン・イラク戦争さ中=勃発から5年目=の1985年(昭和60年)3月17日のこと。
  イラクのサダム・フセインは3月19日の20時半以降にイラン上空を飛ぶ全ての国の航空機を無差別撃墜すると宣
  言。

  48時間以内に脱出しなければならない・・・
  当時イランに滞在していた外国人たちはパニックに陥った。

  自国民救出のため、各国が緊急・臨時便を飛ばす中、
  日本は自衛隊機も日本航空も救援便を出すことをしなかった。
  正確には、自衛隊派遣は社会党の猛反対で、日本航空は労組の傾向によって、出来なかったとか。

  これによって、帰国の術を全くなくしてしまった400人近い日本人。
  それを救ったのが、トルコであった。
  当時のトルコは疲弊状態で、日本人をはるかに超える在イランの自国民を抱えるトルコには、到底頼頼める話ではないと  承知しながらも、最後の頼みの綱と重い気持ちで臨んだのが、、、

  救出機の用意を引き受けると、躊躇うことなく即答したトルコ。
  頼んだ方が吃驚な展開でした。




  タイムリミット目前にして、撃墜の危険を承知での日本人救出を英断したトルコ政府ですが、
  それには、殆どの日本人は知らない話をトルコ人は皆が知っている!事実があったからでした。

  トルコ=オスマン帝国=軍艦「エルトゥールル号」の遭難事故にまつわる話。

  7分39秒の長いものですが、出来たらこれ↓を見て頂きたいです。




  和歌山県の串本沖に浮かぶ断崖絶壁が切り立って紀伊大島。
  その、大島沖で世界の海難史に残る大きな海難事故が起こったのは明治23年。
  大破した船は、日本への親善航海から帰路についたばかりのオスマン帝国(現トルコ)の軍艦「エルトゥールル号」だった。

  海難者を必死に助けた、貧しい島民と伝え聞いた明治天皇を挙げての日本政府。
  その恩を、トルコは100年以上に渡って親が語り、教師が語り、幼子までが知って感謝していました。

  多くの人に読んで頂きたいと思う本でした。



ところで・・・これはアララト山。

アラトト山2

イランとトルコの国境にある、2つのアララト山:大と小。

アララト山1

ノアの箱舟が乗り上げた山だそうです。
富士山にそっくりでしょ。
本って、いろいろ新しいことに出会えます。



  あ、それにしても・・・
  何故、これが半田に関係があるのかしら?

  エルトゥールル号の遭難は、明治天皇の半田行幸と同じ明治23年のことでしょうか?




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